犀の角の日記

ブログ、はじめました。そいつで大きくなりました。

眠り

満足な睡眠が得られていない。いわゆる睡眠障害というやつである。僕の場合は入眠障害中途覚醒のダブルパンチである。原因は複数考えられる。生活リズムの乱れ。脳が休もうとしない(何か考え事をしてしまう)。肉体的疲労の不足、等々。

 

医者は言う。「無闇に薬を増やすとそれに耐性がついたときに「もっと、もっと…」ってなっちゃうから…」と。だが、それがなんだ。今の僕が抱える大きな問題のひとつである「睡眠」が薬の増量程度で解消できるなら安いものである。「耐性がついたとき」の話ならば、今がまさにそうだろう。もっと寄越せ。そして俺を眠らせろ。「もっと、もっと薬を…」となる?ならば睡眠に悩む人間は一生睡眠薬に頼らなければならないのか?そうではないだろう。どこかで歯止めがかかる。そしてその処方量で落ち着く。そうだろう?俺はまだそこに至っていないだけだ。そこに至ること自体にはなんの問題もない。風邪をひいたから解熱剤と抗生物質をもらう。精神を病んだから安定剤と抗うつ剤をもらう。それと何が変わらないと言うのか。「安定剤はこの量必要だけど眠剤はこの量でやめておこう?」なんてのは筋が通っていない。早く寄越せ。

 

以前ツイッターでは「眠くなったら眠り、目覚めたら起きる」と書いた。しかし僕は事実として「昼が活動時間、夜は休息の時間」とされている社会の中で生活している。これに沿って大凡の物事が決まり、進んでいく。この流れの中から逃れるのは容易ではない。例えば院試。試験当日だけ朝から活動するというのは少なくとも良い手だとは言えない。何かしらの悪影響は免れないだろう。もちろん「普通」の生活リズムでもなんらかのリスクは潜在している。しかし排除できるものは極力排除する。その上で臨むのが俺のやり方である。そして排除する手段が目の前にある。それを掴まぬ道理がどこにあろうか。早く寄越せ。

 

そんな訳で次の通院時ではなんとしても睡眠に関する薬の増量を望む。「増やさんなら帰らへんでー!」くらいの勢いで。早くくれ。お願いだから、俺を夜に眠らせてくれ。