犀の角の日記

ブログ、はじめました。そいつで大きくなりました。

抜き出し

 

「ところでこういう率直な人間こそ、俺は本物の正常な人間だと思う。心優しい母なる自然がこの地上にそっと産み落としたときに、こうあってほしいと望んだ姿のままの人間だ。俺は悔しくて腸が煮えくり返るほど、そういう人間が羨ましい。なるほどそいつは馬鹿だろう。その点は俺も反対しやしない。しかし、ひょっとすると正常な人間というのは、馬鹿でなければならないのかもしれない。そうではないと、あんた方はどうしてそんなにハッキリ言えるのかね。ひょっとするとこれは、真に美しいことでさえあるかもしれないじゃないか。そして俺は、たとえばその正常な人間と正反対の強烈な自意識をもつ人間のことを考えると、いま自分が述べた推測が正しいとますます確信を深めるのだ。自意識過剰の人間は、もちろん自然の懐から生まれたわけではない。……〔自意識過剰の人間は〕自分と正反対の者を前にすると、ときにはすっかりひるんだあげく、強烈な自意識をもっているくせに、自分を人間ではなくネズミだと真面目に考えたりするからだ。……そして重要なのは、彼が自ら自分自身をネズミだと考えている点だ。誰に頼まれたわけでもないのだ。ここが重要なポイントだ。」

 

〔〕内俺補足。強調(太字)も俺。

ドストエフスキー安岡治子訳)『地下室の手記』、2007、光文社古典新訳文庫より抜粋